1 はじめに
信託による財産管理・処分等(以後、「財産管理」と言います。)の良いところの1つとして、受託者が信託の目的や受益者に対して様々な義務を負っていることが挙げられます。
受託者が信託の目的や受益者に対して義務を負うことによって、信託による財産管理等の実現可能性が高くなります。
一方、信託においては、信託行為によって受託者の義務と責任を軽減することが可能となる場合もあります。
信託の内容や規模によっては、受託者の義務等を軽減する方がよい場合もあります。
本頁では、受託者の主要な権利・義務等を紹介しています。
信託を設定する場合に、ざっと眺めて参考にしていただければと思います。
2 受託者の義務と責任
(1) 受託者の義務
ア 信託事務処理義務
受託者は、信託の本旨に従い、信託事務を処理しなければなりません。
信託の本旨とは、一般的な理念ではなく、当該信託によって達成しようとした目的をいうと解されています。
信託によって設定された個別の目的を達成するために受託者は義務を負っています。
a 善良な管理者の注意義務
信託事務を処理するに当たっては、善良な管理者の注意をもって、これをしなければなりません(善良な管理者の注意義務)。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる注意をもって、信託事務をします。
善良な管理者の注意とは、一般にいう「不注意」における「注意」とは異なる意味を有しています。
善良な管理者の注意は、信託事務執行にあたって行われるべき具体的な行為の内容を決定する判断基準であると解されます。
信託制度自体が、信託の目的及び受益者の利益のために受託者が財産の管理等を行うものであることから、「別段の定め」が認められる場合であっても、その内容については一定の限界があると解されています。
受託者は、委託者からの委託を受けて信託事務の執行を行います。
委託の前提には、委託者から受託者への信頼があります。
委託者の信頼に応えるためには、自らが信託事務を行うべきという考え方が導かれえます。
かつての信託法はには、その旨が定められていました。
しかし、第三者に委託した方が、信託の目的に適い、受益者の利益となる場合もあります。
そこで受託者は、次に掲げる場合には、信託事務の処理を第三者に委託することができる旨が定められています。
- 信託行為に信託事務の処理を第三者に委託する旨又は委託することができる旨の定めがあるとき。
- 信託行為に信託事務の処理の第三者への委託に関する定めがない場合において、信託事務の処理を第三者に委託することが信託の目的に照らして相当であると認められるとき。
- 信託行為に信託事務の処理を第三者に委託してはならない旨の定めがある場合において、信託事務の処理を第三者に委託することにつき信託の目的に照らしてやむを得ない事由があると認められるとき。
信託事務の処理を第三者に委託することができる場合であっても、受託者は、信託の目的に照らして適切な者に委託しなければなりません。
また、信託事務の処理を第三者に委託したときは、受託者は、当該第三者に対し、信託の目的の達成のために必要かつ適切な監督を行わなければなりません。
次に掲げる第三者に委託したときは上記の監督義務等を負いません。
- 信託行為において指名された第三者
- 信託行為において受託者が委託者又は受益者の指名に従い信託事務の処理を第三者に委託する旨の定めがある場合において、当該定めに従い指名された第三者
上記の監督義務等を負わない場合であっても受託者は、➀その第三者が不適任若しくは不誠実であること又は➁その第三者による事務の処理が不適切であることを知ったときは、その旨の受益者に対する通知、当該第三者への委託の解除その他の必要な措置をとらなければなりません。
- 信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
b 公平義務
受益者が二人以上ある信託においては、受託者は、受益者のために公平にその職務を行わなければなりません。
イ 忠実義務
受託者は、信託の目的及び受益者のため忠実に信託事務の処理その他の行為をしなければなりません。
受益者の利益の犠牲のもとに、自己または第三者の利益を図ってはならないという義務を忠実義務といいます。
信託法は忠実義務の具体的例として利益相反行為及び競合行為を原則として禁止しています。
(ア)利益相反行為の制限
a 利益相反行為の原則的禁止
利益相反行為とは、一方が利益を得、一方が損をする行為をいいます。
信託においては、受託者の次の行為を利益相反行為として禁じています。
- 信託財産に属する財産を固有財産に帰属させ、又は固有財産に属する財産を信託財産に帰属させること。
- ここでいう信託財産に属する財産には、信託財産に係る権利が含まれます。
- ここでいう固有財産に属する財産には、固有財産に係る権利が含まれます。
- 信託財産に属する財産を他の信託の信託財産に帰属させること。
- ここでいう信託財産に属する財産には、信託財産に係る権利が含まれます。
- 第三者との間において信託財産のためにする行為であって、自己が当該第三者の代理人となって行うもの
- 第三者との間において信託財産のためにする行為であって受託者又はその利害関係人と受益者との利益が相反することとなるもの
1、2の行為は原則として無効です。
受託者は、利益相反行為をしたときは、受益者に対し、当該行為についての重要な事実を通知しなければなりません。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
1、2においては、受託者が有する信託財産及び固有財産等(以下、固有財産及び他の信託の信託財産をいいます)。の間で、財産の帰属先を変える行為が原則として禁止されています。
例えば、信託財産にあたる不動産を受託者の固有財産等とするために売却する行為は、1の利益相反行為にあたります。
例えば、受託者の固有財産等にあたる不動産を信託財産とするために売却する行為は、2の利益相反行為にあたります。
3、4においては、第三者との間でする信託財産のためにする行為であっても、原則として禁止される利益相反行為が定められています。
例えば、信託財産にあたる不動産を第三者に売却する場合であっても、受託者がその第三者の代理人であるとき、その行為は、3の利益相反行為にあたります。
例えば、第三者のために信託財産について担保権を設定する行為であっても、 その被担保債権に係る債務が固有財産のみをもって履行する責任を負う場合、その行為は4の利益相反行為にあたります。
b 利益相反行為の許される場合
信託法が原則として利益相反行為を禁止しているのは、信託の目的の達成及び受益者の利益を守るためです。
そのため、その目的の達成及び受益者の利益に反しない行為であれば、利益の相反する行為であっても許されることになります。
信託法は利益相反行為が許される場合として次の4つの場合を規定しています。
- 信託行為に当該行為をすることを許容する旨の定めがあるとき。
- 受託者が当該行為について重要な事実を開示して受益者の承認を得たとき。
- ただし、2に該当する場合でも当該行為をすることができない旨の信託行為の定めがあるときは、その行為をすることはできません。
- 相続その他の包括承継により信託財産に属する財産に係る権利固有財産に帰属したとき。
- 受託者が当該行為をすることが信託の目的の達成のために合理的に必要と認められる場合であって、受益者の利益を害しないことが明らかであるとき、又は信託財産に与える影響、当該行為の目的及び態様、受託者の受益者との実質的な利害関係の状況その他の事情に照らして正当な理由があるとき。
利益相反行為及び後述する競合行為が許容されるか否かの判断にあたっても、善良な管理者の注意をもって判断されることが必要です。
利益相反行為及び後述する競合行為は忠実義務の具体例と解されています。
そのため、利益相反行為等が許容されると受託者が判断したとしても、なお忠実義務に反する場合、その行為は許されません。
利益相反行為等が許容される場合(b 1~4)であっても、信託財産又は受益者の犠牲の下、受託者又は第三者の利益を図る行為である場合には、なお許されない行為です。
信託という制度が、信託の目的の達成及び受益者の利益を守るための制度であることからも、同様に解されます。
c 受益者の取消権
利益相反行為であって、その行為が許される場合にあたらないとき、次の場合、受益者は受託者の行為を取消すことができます。
- 第三者が、禁止される利益相行為がなされたことを知っていたとき。
- 第三者が、禁止される利益相行為がなされたことを知らなかったことにつき重大な過失があったとき。
- 上記の取消権は、受益者(信託管理人が現に存する場合にあっては、信託管理人)が取消しの原因があることを知った時から三箇月間行使しないときは、時効によって消滅します。
- 行為の時から一年を経過したときも、同様です。
信託行為において、受益者が現に存しない場合に信託管理人となるべき者を指定する定めを設けることができます。
信託管理人は、受益者のために自己の名をもって受益者の権利に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有します。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
(イ)競合行為の禁止
a 競合行為の原則的禁止
受託者の固有財産と信託財産とが同じ行為により相争う関係にある場合、その行為を競合行為といいます。
信託法においては、受託者が、受託者として有する権限に基づいて信託事務の処理としてすることができる行為であってそれをしないことが受益者の利益に反するもの(競合行為)については、それを固有財産又は受託者の利害関係人の計算でしてはならない旨が定められています(競合行為の禁止)。
受託者は、競合行為をしたときは、受益者に対し、当該行為についての重要な事実を通知しなければなりません。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
例えば、受託者が信託事務執行のために不動産を購入する義務を負っている場合に、適切な不動産を見つけたとき、信託のためではなく、自己の固有財産とするためにその不動産を購入することは、競合行為の禁止に反する行為にあたります。
b 競合行為が許容される場合
競合行為が行きすぎる場合には、かえって受益者等の利益を反することも考えられます。
そのため、次のいずれかに該当するときは、競合行為であっても固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることができる旨が、信託法において定められています。
- 信託行為に当該行為を固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることを許容する旨の定めがあるとき。
- 受託者が当該行為を固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることについて重要な事実を開示して受益者の承認を得たとき。
- ただし、2に該当する場合でも当該行為を固有財産又は受託者の利害関係人の計算ですることができない旨の信託行為の定めがあるときは、その行為をすることはできません。
受託者は、競合行為をしたとき、受益者に対し、当該行為についての重要な事実を通知しなければなりません。
この通知義務は、禁じられている競業をしたときはもとより、許容されると解される場合であっても必要です。
利益相反行為の通知義務についても同様です。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
c 受益者の介入権
受託者が禁止される競合行為をした場合、受益者は、当該行為は信託財産のためにされたものとみなすことができます(介入権)。
- ただし、第三者の権利を害することはできません。
- 競合行為の時から一年を経過したとき、介入権は消滅します。
競合行為については、取消すより信託財産に帰属させる方が信託財産のためになる場合があります。
取消しをするならば、信託財産は他の競合者と同位置に立つことになります。
競合行為に反する行為は、本来信託財産のためにすべき行為が受託者の固有財産のためになされた行為です。
その行為を信託財産に帰属させ、あるべき状態に戻せば、信託財産は他の競合者と争う必要もなく、信託財産は、利益を得る機会を失わずに済みます。
信託財産は受託者に帰属していることから、帰属先を変更しても、第三者と契約等をした相手はあくまでも受託者であることに変わりありません。
帰属先を変更によって、第三者の引き当てとなる財産は、受託者の固有財産のみであったところ、そこに信託財産も加わることなります。
帰属先の変更によっては、原則として第三者に不利益とはなりません。
このような受益者の利益と第三者の利益を鑑みると、介入権は、帰属先の財産を変更するのみであって、その行為の内容まで変更することはできないと解されることになります。
ウ 分別管理義務
受託者は、信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを、次に掲げる財産の区分に応じ、各号に定める方法により、分別して管理しなければなりません。
- ただし、分別して管理する方法について、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
- 登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産であって、信託の登記又は登録をすることができる財産 → 当該信託の登記又は登録
- 分別して管理する方法について、信託行為に別段の定めがあるときであっても、1の信託の登記又は登録については、免除することができません。
- 信託の登記又は登録をすることができない財産(3を除く) → 次のイ又はロに掲げる財産の区分に応じ、イ又はロに定める方法
- 動産 → 信託財産に属する財産と固有財産及び他の信託の信託財産に属する財産とを外形上区別することができる状態で保管する方法
- 上記動産には金銭は含まれません。
- 金銭その他のイに掲げる財産以外の財産 → その計算を明らかにする方法
- 法務省令で定める財産 → 当該財産を適切に分別して管理する方法として法務省令で定めるもの
受託者の固有財産等と信託財産は、信託において別個の財産として取り扱われます(信託財産の独立性)。
信託財産の独立性は、信託の目的及び受益者の利益のために、信託において認められている特性です。
この特性があるために、信託財産は、受託者の破産等から守られることになります(倒産隔離機能)。
この特性や機能の実効性を担保するためには、受託者の固有財産等と信託財産は分けておく必要があります(分別管理義務)。
➀登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産については、➁信託の登記又は登録をしなければ、当該財産が信託財産に属することを第三者に対抗することができません。
「第三者に対抗することができ」るとは、第三者に対して当該財産の権利の得喪及び変更等を主張できるということをいいます。
➀登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産であって、➂信託の登記又は登録をすることができる財産について、分別管理義務におけるその方法は、信託の登記又は登録によることが求められています。
この方法で分別管理を行えば、➀登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産であって、➂信託の登記又は登録をすることができる財産について、➁信託財産に属することを第三者に対抗するための登記又は登録も具備されます。
しかし、➁信託財産に属することを第三者に対抗するための登記又は登録では、信託財産についての➀民法等における権利の得喪及び変更を第三者に対抗するための対抗要件としての登記又は登録はなされていません。
民法等における権利の得喪及び変更を第三者に対抗するためには、➁信託財産に属することを対抗するための信託の登記又は登録の他に、➀その権利の得喪及び変更を第三者に対抗するための登記又は登録が必要です。
エ 報告義務・帳簿等作成義務及び検査役の選任
a 報告義務・帳簿等作成義務
受託者は、委託者から委託を受けて信託事務を行います。
そのため、委託者や受益者は原則として信託事務についての報告を求めることができます。
また、受託者は信託に関する帳簿等及び貸借対照表、損益計算書等の作成義務を負っています。
受託者は、貸借対照表、損益計算書等を作成したときは、その内容について受益者(信託管理人が現に存する場合にあっては、信託管理人)に報告しなければなりません。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
受益者は、自らの利益を守り、受託者の信託事務処理を監督するために、その内容の報告を求め、関連する帳簿の閲覧を行います。
しかし、その情報を開示することが適切でない場合もあります。
そのため、一定の場合においては、受託者が帳簿等の開示請求等を拒否できる旨が定められています。
また、債権者等の利害関係人は、受益者ほど信託全体についての利害関係を有していません。
よって、利害関係人が閲覧を請求できるのは、貸借対照表や損益計算書等に限定されています。
b 検査役の選任
一定の場合には、受益者は信託事務の処理の状況等を調査させるため、裁判所に対し、検査役の選任の申立てをすることができます。
検査役の選任が認められるのは、報告義務や帳簿等作成義務によっては、不正行為を発見することが難しい場合があるためです。
しかし、検査役の検査をうけることは、受託者にとって負担となることから、受託者にその受任を拒否させる遠因ともなりえます。
そのため、検査役を選任の申立てをすることができるのは、受託者の信託事務の処理に関し、不正の行為又は法令若しくは信託行為の定めに違反する重大な事実があることを疑うに足りる事由があるときに限られます。
(2) 義務違反と受託者の責任
受託者の義務違反に対する一般的な救済方法として受託者は次の責任を負います。
- 受託者の損失てん補責任等
- 受益者による受託者の行為の差止め
受益者には、利益相反行為の取消権、競合行為の介入権、後述する権限外行為についての取消権が認められる場合があります。
ア 受託者の損失てん補責任等
受託者がその任務を怠ったことによって次の場合に該当するに至ったときは、受益者は、受託者に対し、次の措置を請求することができます。
- ただし、2に定める措置にあっては、原状の回復が著しく困難であるとき、原状の回復をするのに過分の費用を要するとき、その他受託者に原状の回復をさせることを不適当とする特別の事情があるときは、この限りではありません。
- 信託財産に損失が生じた場合 → 損失のてん補
- 信託財産に変更が生じた場合 → 原状の回復
- 上記の責任に係る債権の消滅時効は、債務の不履行によって生じた責任に係る債権の消滅時効の例によります。
- 上記の責任に係る受益者の債権の消滅時効は、受益者が受益者としての指定を受けたことを知るに至るまでの間(受益者が現に存しない場合にあっては、信託管理人が選任されるまでの間)は、進行しません。
- 受益者は上記の責任を免除することができます。
- 上記の責任に係る受益者の債権は、受託者がその任務を怠ったことによって信託財産に損失又は変更が生じた時から二十年を経過したときは、消滅します。
- 法人である受託者の理事、取締役若しくは執行役又はこれらに準ずる者は、その法人が任務を怠ったことにより責任を負う場合において、その法人が行った法令又は信託行為の定めに違反する行為につき悪意又は重大な過失があるときは、受益者に対し、その法人と連帯して、損失のてん補又は原状の回復をする責任を負います。
- 上記の責任に係る債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅します。
- 受益者が当該債権を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
- 当該債権を行使することができる時から十年間行使しないとき。
- 上記の責任に係る受益者の債権の消滅時効は、受益者が受益者としての指定を受けたことを知るに至るまでの間(受益者が現に存しない場合にあっては、信託管理人が選任されるまでの間)は、進行しません。
- 受益者は上記の責任を免除することができます。
- 上記の責任に係る受益者の債権は、受託者がその任務を怠ったことによって信託財産に損失又は変更が生じた時から二十年を経過したときは、消滅します。
受託者が忠実義務に反する行為、許されない利益相反行為又は許されない競合行為をした場合には、受託者は、当該行為によって受託者又はその利害関係人が得た利益の額と同額の損失を信託財産に生じさせたものと推定されます。
受託者が、許されない第三者への委託をした場合において、信託財産に損失又は変更を生じたときは、受託者は、第三者に委託をしなかったとしても損失又は変更が生じたことを証明しなければ、損失填補責任等を免れることができません。
受託者が許されない分別管理をした場合において、信託財産に損失又は変更を生じたときは、受託者は、なすべき分別管理によって管理をしたとしても損失又は変更が生じたことを証明しなければ、損失填補責任等を免れることができません。
イ 受益者による受託者の行為の差止め
受益者は、次の場合に、受託者に対し、その行為をやめることを請求することができます。
- 受託者が法令若しくは信託行為の定めに違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって信託財産に著しい損害が生ずるおそれがあるとき
- 受託者が公平義務の規定に違反する行為をし、又はこれをするおそれがある場合において、当該行為によって一部の受益者に著しい損害が生ずるおそれがあるとき
公平義務に反する場合であっても、その損害が信託財産に生ずるおそれ又は受益者が広く損害を受けるおそれ等がある場合は1にあたると解されています。
3 受託者の権限と権利
(1) 受託者の権限
ア 信託の目的の達成のために必要な行為
受託者は、信託財産に属する財産の管理又は処分及びその他の信託の目的の達成のために必要な行為をする権限を有します。
- ただし、信託行為によりその権限に制限を加えることを妨げられません。
受託者が、後述する「信託のためにする意思」なく、権限外の行為を行った場合、その行為は受託者の固有財産等に帰属します。
イ 信託のためにする意思
信託財産には法人格がありません。
外形上、受託者が行った行為が信託財産に帰属する行為か固有財産に帰属する行為かを知ることができないということになります。
そのため、信託において、受託者の行為を信託財産等に帰属させるためには、受託者が「信託のためにする意思」をもってすることが必要と解されています。
受託者は信託の目的の達成のために必要な行為を行う権限を有しているとともに、その義務を負っているからです。
受託者の行為が信託財産等に帰属するためには、➀信託のためにする意思をもって、➁受託者が信託の目的のために有する権限内の行為によることが必要です。
受託者が、信託のためにする意思なく、権限内の行為を行った場合、その行為は前述の競合行為にあたり介入権の対象となります。
ウ 受託者の権限違反行為の取消し
受託者が信託のためにする意思をもって行った権限外行為については、一定の要件を充たした場合、受益者は、当該行為を取り消すことができます。
(ア)第三者に対抗するために信託の登記等を要する場合
第三者に対抗するために信託の登記又は登録等を要する信託財産について受託者が権限外の行為を行った場合には、その行為が、権利を設定し又は移転した行為か否かによって取り消しの要件が異なります。
第三者に対抗するために信託の登記又は登録等を要する信託財産について権利を設定し又は移転した行為が、その権限に属しない場合には、次のいずれにも該当するときに限り、受益者は、当該行為を取り消すことができます。
- 当該行為の当時、当該信託財産に属する財産について第三者に対抗するための信託の登記又は登録がされていたこと
- 当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が受託者の権限に属しないことを知っていたこと又は知らなかったことにつき重大な過失があったこと。
- 上記の取消権は、受益者(信託管理人が現に存する場合にあっては、信託管理人)が取消しの原因があることを知った時から三箇月間行使しないときは、時効によって消滅します。
- 行為の時から一年を経過したときも、同様です。
第三者に対抗するために信託の登記又は登録等を要する信託財産について権利を設定し又は移転する行為以外の行為が、その権限に属しない場合には、次のいずれにも該当するときに限り、受益者は、当該行為を取り消すことができます。
- 当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が信託財産のためにされたものであることを知っていたこと。
- 当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が受託者の権限に属しないことを知っていたこと又は知らなかったことにつき重大な過失があったこと。
- 上記の取消権は、受益者(信託管理人が現に存する場合にあっては、信託管理人)が取消しの原因があることを知った時から三箇月間行使しないときは、時効によって消滅します。
- 行為の時から一年を経過したときも、同様です。
➀登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産については、➁信託の登記又は登録をしなければ、当該財産が信託財産に属することを第三者に対抗することができません。
「第三者に対抗することができ」るとは、第三者に対して当該財産の権利の得喪及び変更等を主張できるということをいいます。
信託においては、受託者の固有財産等と信託財産が別個に取り扱われます(信託財産の独立性)。
そのような特別な取り扱いを受けるためには、➀登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産については、➁信託の登記又は登録をしなければ、受託者の固有財産等とは異なる信託財産としてその権利等を主張することができないということになります。
信託のためにする意思をもって権限外の行為を行った場合の取り消しの意思表示は、相手方である第三者に対して行います。
受託者の行為が権限外であることを主張するためには、前提として、受託者の行為の目的である財産が信託財産であることを主張することができなければなりません。
そのため、➁信託財産に属することについての第三者に対する対抗要件としての登記又は登録の具備が、第三者に対抗するために信託の登記又は登録等を要する信託財産について受託者が権限外の行為を行った場合であって、その行為が、権利を設定し又は移転した行為について、受託者が行った権限外行為を取り消すための要件とされているのです。
(イ)第三者に対抗するために信託の登記等を要する場合以外の場合
信託の登記又は登録をすることができる財産以外の信託財産について、受託者が信託財産のためにした行為が、その権限に属しない場合において、次のいずれにも該当するときは、受益者は、当該行為を取り消すことができます。
- 当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が信託財産のためにされたものであることを知っていたこと。
- 当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が受託者の権限に属しないことを知っていたこと又は知らなかったことにつき重大な過失があったこと。
- 上記の取消権は、受益者(信託管理人が現に存する場合にあっては、信託管理人)が取消しの原因があることを知った時から三箇月間行使しないときは、時効によって消滅します。
- 行為の時から一年を経過したときも、同様です。
(2) 受託者の権利
ア 信託財産からの費用償還
(ア)信託財産からの費用支出後の償還請求
受託者は、信託事務を処理するのに必要と認められる費用を固有財産から支出した場合には、信託財産からその費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を受けることができます。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
- 上記費用の後払いの場合については、受託者が受益者との間の合意に基づいてその受益者から費用等の償還を受けることは妨げられません。
信託事務の処理についての費用等の償還は、受託者が損失てん補等の規定による責任を負う場合には、これを履行した後でなければ、受けることができません。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
信託財産と固有財産を別個の財産として取り扱う(信託財産の独立性)以上、信託事務を処理するのに必要と認められる費用は信託財産が負うべき費用です。
しかし、信託財産は法人格を有していないことから、信託事務に関する費用のために負った債務の債務者は、原則として受託者になります。
そして、受託者が、債務を履行する義務を負う債務者である以上、受託者は、その履行をする責任を負います。
このように、受託者が固有財産から支出した信託に関する費用は、本来信託財産に帰属する費用であることから、受託者に費用等の償還や前払を認める必要があるのです。
(イ)信託財産からの前払請求
受託者は、信託事務の処理について費用を要するときは、信託財産からその前払を受けることができます。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
- 上記費用の前払の場合については、受託者が受益者との間の合意に基づいてその受益者から費用の前払を受けることは妨げられません。
信託事務の処理についての費用の前払は、受託者が損失てん補等の規定による責任を負う場合には、これを履行した後でなければ、受けることができません。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
受託者は、信託事務の処理について信託財産から費用の前払を受けるには、受益者に対し、前払を受ける額及びその算定根拠を通知しなければなりません。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
受託者は、信託事務を処理するについて信託財産から費用の前払を受けるには、受益者に対し、前払を受ける額及びその算定根拠を通知しなければなりません。
いわゆるお手盛りを防止するためです。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
ウ 信託報酬
信託行為に受託者が信託財産から信託報酬を受ける旨の定めがある場合に限り、受託者は、信託財産から信託報酬を受けることができます。
- 信託報酬とは、信託事務の処理の対価として受託者の受ける財産上の利益をいいます。
商法512条は、商人がその営業の範囲内において他人のために行為をしたときは、相当な報酬を請求することができることを定めています。
信託事務の処理をする受託者は、商法512条の規定の適用がある場合には、当然に相当の報酬を受けることができることになります。
信託業法は、「信託業」を、原則として「信託の引受け」を行う「営業」をいうと定義しています。
そして、「信託業」は、内閣総理大臣の免許を受けた者でなければ、営むことができないとしています。
そのため、商法512条の適用を受けうるのは、原則として内閣総理大臣から免許を受けて「信託業」を営むものということになります。
- 弁護士が複数の信託の受託者となる場合であっても上記の例外にあたるものではないと解されています(2022年9月現在)。
エ 信託財産からの損害賠償
受託者は、次に掲げる場合には、当該各号に定める損害の額について、信託財産からその賠償を受けることができます。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
- 受託者が信託事務を処理するため自己に過失なく損害を受けた場合 → 当該損害の額
- 受託者が信託事務を処理するため第三者の故意又は過失によって損害を受けた場合(1に掲げる場合を除きます。) → 当該第三者に対し賠償を請求することができる額
- 第四十八条第四項及び第五項、第四十九条(第六項及び第七項を除く。)並びに五十一条、五十二条の規定は、信託財産からの損害の賠償について準用されます。
- 信託法48条4項(以下、法名省略。) 第一項又は第二項の規定にかかわらず、費用等の償還又は費用の前払は、受託者が第四十条の規定による責任を負う場合には、これを履行した後でなければ、受けることができない。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
- 信託法48条1項は、受託者の信託財産からの費用の償還に関する規定です。
- 信託法48条2項は、受託者の信託財産からの費用の前払に関する規定です。
- 信託法40条は、受託者の損失てん補・原状回復に関する規定です。
- 48条5項 第一項又は第二項の場合には、受託者が受益者との間の合意に基づいて当該受益者から費用等の償還又は費用の前払を受けることを妨げない。
- 49条1項 受託者は、前条第一項又は第二項の規定により信託財産から費用等の償還又は費用の前払を受けることができる場合には、その額の限度で、信託財産に属する金銭を固有財産に帰属させることができる。
- 49条2項 前項に規定する場合において、必要があるときは、受託者は、信託財産に属する財産(当該財産を処分することにより信託の目的を達成することができないこととなるものを除く。)を処分することができる。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
- 49条3項 第一項に規定する場合において、第三十一条第二項各号のいずれかに該当するときは、受託者は、第一項の規定により有する権利の行使に代えて、信託財産に属する財産で金銭以外のものを固有財産に帰属させることができる。ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる。
- 信託法31条2項は、利益相反行為が許される場合についての規定です。
- 49条4項 第一項の規定により受託者が有する権利は、信託財産に属する財産に対し強制執行又は担保権の実行の手続が開始したときは、これらの手続との関係においては、金銭債権とみなす。
- 49条5項 前項の場合には、同項に規定する権利の存在を証する文書により当該権利を有することを証明した受託者も、同項の強制執行又は担保権の実行の手続において、配当要求をすることができる。
3 おわりに
ここまで受託者の負う義務を中心に見てきました。
信託における受託者が、多くの義務と責任を負うことによって、信託の目的の達成の可能性は高くなり、受益者の利益も保護されます。
個々の事情に合わせて柔軟な運用をすることができる点も、信託の良いところです。
信託行為によって受託者の義務と責任を軽減することができる場合もありました。
一方、「別段の定め」が可能である場合であっても、他の義務内容に抵触する場合には、なお禁止等がなされることも見てきました。
本頁が、ご自身が希望する信託による財産管理において、どのような定めが必要なのかについて検討される際の参考としていただければよいと思います。