1 はじめに
信託による財産管理等(以後、「財産管理」と言います。)の良いところを理解するためには、「契約」と「遺言」を知ることが早道です。
信託による財産管理の制度は、「契約」と「遺言」を前提としているため、信託による財産管理の良いところとは、自ずから「契約」と「遺言」に比べて良いと言える内容になるためです。
ここでは、「契約」と「遺言」とはどのようなものかを確認した後、信託による財産管理には、「契約」と「遺言」と比べてどのような良いところがあるのかについて見てゆくことにします。
- ここで言う「契約」および「遺言」とは、民法上の「契約」および「遺言」を指しています。
2 信託による財産管理の良いところ➀
(1) 「契約」と「遺言」
ア 「契約」とは
「契約」とは、権利を発生・変更・消滅させる当事者間の意思の合致を言います。
「契約」として成立し、それが有効であるならば、相手方が「契約」という約束を破った時には法律によってその履行がなされる可能性があります。
「契約」は、約束を守るという個人間の行為について、その内容が履行されるための法律による手助けの仕組みと言えます。
- ここで言う「契約」とは、民法上の「契約」を指しています。
「契約」が有効に成立すると、「契約」の一方または双方に債権が生じます。
債権には、執行力という裁判所に対して契約の内容の履行を契約の相手方に強制するように求めることができるという内容が含まれているのが一般的です。
「契約」による約束を不合理に守ってもらえなかった一方当事者は、裁判所に申し立てることで、相手の資産を差押える等の方法によって、「契約」の内容を実現することができるのです。
イ 「遺言」とは
「遺言」は、遺言者の生前の意思を、遺言者が亡くなった後の法律関係に反映させるための仕組みです。
遺言は、遺言者が1人で行う行為である点、遺言者の意思が実現する時には、その意思を表示した遺言者が存在しないことが確実である点が、「契約」とは大きく異なります。
- ここで言う「遺言」とは、民法上の「遺言」を指しています。
法的権利や義務を有することができるのは、原則として生きている人又は存在している法人です。
亡くなっている方は、自己の権利を主張することはできず、自己の義務を果たすこともできません。
亡くなった方がかつて有していた権利や義務の多くは相続の対象となり、相続により承継されることになります。
しかし、「遺言」があった場合には、既に権利や義務を有することができないはずの故人の意思を、あたかもその方が存存在し、主張しているかのように取り扱い、その意思の実現を法が助けることが可能になります。
「遺言」という制度が保護するのは、一次的には亡くなった方の意思であって、「遺言」によって利益を受ける相続人や受遺者の利益の保護は二次的なものと言えます。
ウ 「契約」と「遺言」の不都合
(ア)当事者が不在の場合の不都合
財産管理を内容とする「契約」を行う多くの場合には、契約の当事者はその財産の管理等が現実に履行されるか否かを見届けることができないという事情があります。
「遺言」については、当事者である遺言者は亡くなっているので、遺言者は当然に自らの意思である遺言の内容が実現したか否かを見届けることはできません。
当事者が不在である場合には、十分な対策を講じなければ「契約」や「遺言」の内容の実現は不安定になります。
遺言を実現する役割を担う者として「遺言執行者」を「遺言」で選任することが可能です。
遺言執行者は、遺言者の遺言による意思を実現する役割を担う者です。
しかし、遺言執行者はその職務を受任しないこともでき、遺言執行者を選任することが遺言の内容の実現のために確実な手段であるとはいえません。
特に遺言執行者は長期の財産管理についての監督権限を有していないため、長期間の財産管理を実現したい場合には、遺言執行者の選任たけでは十分な手当てとは言えません。
(イ)当事者が内容の変更を望まない場合の不都合
「契約」は、当事者間の合意である約束を守るために行うことから、契約後に当事者間の合意によりその内容を変更することができます。
「遺言」も、遺言者の生前の意思を、遺言者が亡くなった後の法律関係に反映させるための制度であることから、遺言者はその内容をいつでも変更することができます。
内容の変更が比較的容易であるということは、当事者自身が「契約」や「遺言」の内容の変更を望まない場合であっても、変更の可能性がゼロではないということでもあります。
当事者が望まないにも関わらず、「契約」や「遺言」の内容を変更してしまう場合の典型は、認知症等の判断能力の低下を原因とするものです。
認知症の方にの中には、他者の誘導的な行為により自らの行動を行ってしまう場合があるため、本意と異なる行動をしてしまう可能性は否定できないことになります。
(ウ)第三者が利益を受ける場合の不都合
「契約」は、約束を交わした当事者間の合意内容を実現するための制度であることから、法律により保護されるのは原則として「契約」を交わした当事者です。
「契約」による財産管理の内容に、長期に渡って第三者に給付し続けるという内容が含まれていたとしても、その第三者が自らの利益を護るためになし得る手段は当事者が有する手段に比べると限られることになります。
「遺言」は、遺言者の生前の意思を実現するための制度ではありますが、「遺言」による効果は、家族間の財産の分配の問題であるとも考えられています。
法律は家族間の事情には出来る限り介入しないという伝統的な考え方に加え、「遺言」をした遺言者は亡くなっていることから、遺言を受けた者がその実現を求めることは容易ではありません。
「契約」には「第三者のための契約」という類型があります。
「第三者のための契約」とは、契約を交わした当事者以外の第三者が、その契約に基づき利益を受ける場合を言います。
その第三者が、「第三者のための契約」による利益を受ける旨の意思を表示したとき、一定の範囲内でその第三者の利益は法的に保護されます。
しかし、「第三者のための契約」を交わした当事者がその契約を法定解除等をした場合においては、自身の利益を守ることが難しくなります。
(2) 「信託」による財産管理の良いところ
「信託」は、「信託」によって財産管理をする者(「受託者」)に信託法と当事者の意思による義務を課します。
また、「契約」や「遺言」の内容についての変更の可能性を制限することが可能です。
そして、財産管理により利益を受ける者(「受益者」)は自己の利益を守るための権利を有します。
「信託」は、「信託」として求められる条件を充たしていれば、財産を提供した者(「委託者」)の意思の実現の可能性を高めることができる制度です。
その点が「契約」や「遺言」による財産管理の約束よりも良いところであると言えるのです。
「信託」による財産管理を法的に保護する法律は、「信託法」です。
「信託法」に定められていない内容については、「民法」に従って処理されます。
「信託法」は、「民法」に優先する法律ということになります。
このような法律を「特別法」と言います。
「信託法」は「民法」の特別法として、財産管理のために民法では十分ではないと思われる部分を補う役割を担っているのです。
3 おわりに
信託による財産管理の良いところとは、簡単に言えば委託者の望む財産管理についての実現の可能性を高める制度であることです。
そして、その実現の可能性を高めるための具体的な仕組みが、今まで見てきた次のような点にあります。
- 「信託」によって財産管理をする者(「受託者」)は義務を負う
- 財産管理により利益を受ける一定の者(「受益者」)は自己の利益を守るための権利を有する
- 定めた財産管理の内容の変更を制限することができる
「信託」は上記の他にも様々な仕組みを備えています。
個別の事情に応じた財産管理を希望する場合には、検討されてみてもよいのではないでしょうか。