1 はじめに
多くの人が挙げるであろう信託による財産管理・処分等(以後、「信託による財産管理」と言います。)の良いところの1つに、信託の有する倒産隔離機能があります。
例えば、受託者が自己の債務を履行しないこと等によって、受託者の財産が差押え等を受けうる場合であっても、信託の倒産隔離機能によって、信託財産は、信託財産によって支弁すべき一定の場合を除き、その対象とはなりません。
倒産隔離機能とはどのような機能かを知るためには、信託法における受託者の財産について知ることが必要です。
そこで、まずは受託者の財産についての信託法上の取り扱いを確認し、その内容を踏まえて倒産隔離機能とはどのようなものかということを、受託者の財産に対して差押えがされる場合を中心に見てゆきます。
2 信託による財産管理の良いところ➁
(1) 倒産隔離機能
ア 信託における受託者の財産
信託において受託者の財産は、「信託財産」と信託財産ではない財産(「固有財産」)に分けられます。
(ア)信託財産とは
信託財産とは、受託者に属する財産であって、信託により管理又は処分をすべき一切の財産をいいます。
信託による財産管理を行うためには、信託財産の権利を受託者が有していることが必要です。
言いかえれば、信託による財産管理の対象である財産が信託財産であるためには、その財産は、受託者の財産でなくてはならないことになります。
信託による財産管理を行うためには、受託者が信託財産についての権利を有している必要があります。
そのため➀委託者と受託者が同一人でない場合、委託者または遺言執行者(遺言による信託の場合)は受託者へ信託財産の権利を移転します。
➁委託者と受託者が同一人である場合には、公正証書等によって、自己の財産が信託財産となった旨の宣言を行います(自己信託)。
自己信託(信託宣言による信託)は、元々信託財産についての権利を有している委託者が受託者を兼任して行う信託です。
自己信託において、委託者は自己に信託財産の権利を移転することはできません。
しかし、後述するように信託の倒産隔離機能を信託財産に及ぼすためには、委託者の財産と信託財産を分離する必要があります。
そのため、自己信託であるためには、委託者は公正証書等によって外部に自己の財産が信託財産となった旨を表示することが求められるのです。
(イ)固有財産とは
固有財産とは、受託者に属する財産であって、信託財産に属する財産でない一切の財産をいいます。
言いかえれば、受託者の財産から信託財産を除いた財産が固有財産ということになります。
(ウ)受託者の財産
受託者の財産とは、固有財産と信託財産を合わせたものであり、受託者はその両方の財産について権利を有しています。
イ 倒産隔離機能とは
(ア)責任財産
債務を負っているものが、その債務を履行をしない等の一定の場合であって、必要な条件を充たすとき、債権者は債務者の有する財産に対して差押え等を行うことができます。
債務者の財産は、差押え等に係る債務の内容となっていなくとも、原則として債務者の行為についての責任を負います。
差押え等の対象となる債務者の財産を、責任財産といいます。
よって債務者の有する財産は原則として責任財産となります。
債務者が債権者に対して負っている義務を債務といいます。
債権者は、債務者に対して債務の履行を請求することができます。
債権者が有している請求権を債権といいます。
債権は、原則として債務者の履行を強制することができる執行力を有しています。
債務者が債務を履行しない場合等においては、一定の場合を除き、債権者は、その債権の有する執行力により、債務者の財産に対して差押え等を行うことができます。
債権者は、一定の手続きを経て、債務者の財産による債務の履行を、債務者に強制することができるのです。
(イ)倒産隔離機能
受託者が債務の履行をしないこと等により、受託者の財産に対して差押え等がなされる場合、本来であれば信託財産もその対象となるはずです。
信託財産も債務者である受託者の財産だからです。
しかし、一定の場合を除き、受託者が強制執行等を受ける場合であっても、信託財産はその引き当ての対象とはなりません。
信託財産は、形式的には受託者の財産に含まれますが、受託者の固有財産との関係においては、受託者の財産からは独立した別個の財産とみなされるためです(信託財産の独立性)。
信託財産の独立性によって、信託財産は受託者の財産でありながら、信託に関わりのない受託者の責任から免れることが可能となります。
信託財産の独立性によるこような効果を倒産隔離機能といいます。
信託財産は信託目的のために管理・処分等され、受益者がある場合には、受益者にその利益を帰属させるために用いられます。
信託による利益は、原則として受託者に帰属しません。
受託者個人にその利益が帰属することがないにも関わらず、受託者がその責任を負担するとすることは、利益と費用の帰属先が異なり、公平ではありません。
その逆もまた同様です。
受託者の固有財産に関わる債権債務が、信託財産や受益者の利益とはならないにも関わらず、信託財産がその責任を負担することも公平ではありません。
このような考えにより、信託財産は受託者の固有財産とは別個の財産として取り扱うことが認められています。
そのため、信託による財産管理等のために受託者が債務を負担した場合等において、その債務を受託者が履行しないとき等においては、信託財産も、その債務の債権者によって差押え等がなされえます。
信託財産に対して差押え等がなされうる受託者の債務は「受託者が信託財産に属する財産をもって履行する責任を負う債務(信託財産責任負担債務)」としてその内容が法定されています。
また、自己信託において、委託者がその債権者を害することを知って信託をしたときであって、その委託者が未だ受託者であるときは、委託者に対する債権で信託前に生じたものを有する者は、信託財産に属する財産に対し、差押え等をすることができます。
a 強制執行等の他倒産隔離機能が働く主な場面
ここまで受託者の財産に対して差押え等の強制執行がなされる場面を中心として、倒産隔離機能の働きを見てきました。
信託の倒産隔離機能は、強制執行等の場面に加えて、受託者について生じる次の場面でも重要な働きをします。
- (a) 受託者の破産等
- (b) 相殺
破産手続開始の決定を受けると、その者の財産は、一定の場合を除き破産財団に属し、その者はその財産に関する管理処分権を失います。
しかし、➀信託財産は破産財団に属しません。
また、破産手続開始の決定により、その決定を受けた者に対する債権は、一定の場合を除き破産債権となります。
破産債権は、破産手続の中で他の債権との関係で平等な分配を受けるにとどまり、債権者はその債権を個別に行使することができなくなります。
しかし、➁受益債権及び信託債権であって受託者が信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負うものは、破産債権とはならず、債権者はその請求権の行使を制限されることはありません。
受益債権とは、信託財産に属する財産の引渡しその他の信託財産に係る給付をすべきものに係る債権であって、受託者が受益者に対し負う債務です。
そのため、受託者が破産手続開始の決定を受けても、信託による財産管理は、一定の場合を除きその影響を最小限にとどめ、継続してその財産を管理し、受益者に利益を供与する等の処分を続けることが可能となります。
- 再生手続開始の決定、更正手続開始の決定の場合も同様です。
受託者が破産開始の決定を受けることによって、受託者の任務は終了します。
その場合、信託行為において定めがあるときはその定めにより、定めがない場合や定められた受託者が引受けなかったとき等においては、委託者及び受益者の合意により新たな受託者を選任します。
また、委託者及び受託者の協議の状況等に照らし必要と認められる場合には、利害関係人の申立てにより裁判所は新たな受託者を選任することができます。
このように受託者に破産開始の決定があったことにより受託者が変更となる以上、信託財産が破産財産に属するという影響を免れたとしても、受託者が不在となることによる影響は免れません。
しかし、受託者の破産等の事由が生じるか否かに関わらず、信託期間が長期に及ぶ場合には、受託者が不在となる場合は生じます。
そのため、ほとんどの場合、受託者の不在を考慮にいれて信託を構築する必要があると言えます。
- 信託行為によって受託者に破産開始の決定があったとしても、任務が終了しない旨の定めを置くことは可能です。
債権者と債務者が互いに同種の相対する債権債務を持ち合っている一定の場合、その債権債務は相殺することができます。
信託財産も受託者の財産です。
原則に従えば、ある債権者が受託者に対して債権を有していて、受託者もその債権者に対して同種の債権有している場合には、互いの債権債務を相殺できることになります。
しかし、信託に関する場面においては、一定の場合を除き、➀債権者が有する受託者の固有財産等のみによって履行する責任を負う債権を有する者は、当該債権をもって信託財産に属する債権に係る債務と相殺することはできません。
また、一定の場合を除き、➁信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う債権を有する者は、当該債権をもって固有財産に属する債権に係る債務と相殺することもできません。
言いかえれば、➀固有財産等のみが責任を負うべき債権を有する債権者は、その債権と受託者が有する信託財産に属する債権を相殺することはできず、➁信託財産のみが責任を負うべき債権を有する債権者は、その債権と受託者の固有財産に属する債権を相殺することはできないということになります。
受託者の有する固有財産等と信託財産は別個の財産として扱われますから、一定の場合を除き、➀’固有財産等のみが責任を負うべき債権については固有財産等が相殺の対象となり、➁’信託財産のみが責任を負うべき債権については信託財産が相殺の対象となることになります。
- 「固有財産等」とは、受託者の固有財産及び受託者の有する他の信託財産をいいます。
(b)➀、➁は、一定の場合を除き、第三者(相手方)からの相殺が効力を生じない旨の信託法の規定です。
一方、受託者からの相殺については、そのような規定はありません。
受託者からの相殺は可能なのでしょうか。
受託者は様々な義務を負っています。
受託者は、忠実義務を負い、原則として利益相反行為を禁止されています。
(b)➀、➁についての受託者からの相殺については、忠実義務に反し、受益者の利益と相反する行為であることから、受託者はそのような相殺を行うことはできません。
ただし、そのような相殺があった場合、第三者(相手方)からの相殺とは異なり、一定の場合を除き、第三者(相手方)がこれを知っていたとき又は知らなかったことにつき重大な過失があったときに限り、取消しうるにとどまります。
このような違いは、受託者から相殺した場合の方が、第三者である相手方を保護する必要性が高いことから生じます。
相殺は一方が相殺する旨の意思表示をすることで効力が生じます。
相手方は受託者の相殺の意思表示があったことによって債務の履行が終了したと信じることになります。
相手方のその信頼に重大な過失がない以上、その信頼を保護する必要性があると解されているのです。
- 受託者が利益相反行為にあたる相殺を行った場合、受託者は自己の固有財産から信託財産へ償還する義務があります。
3 おわりに
信託の倒産隔離機能によって、信託のための財産は、一定の将来の危険を回避し、信託の目的のために確保されることになります。
信託の目的を設定するのは、委託者です。
信託という制度は、委託者の意思を尊重し、受益者が財産を承継する権利を守るためにあります。
倒産隔離機能は、委託者の意思を実現し、受益者の権利を守るため非常に有効に働くことから、信託による財産管理の良いところの1つと言えます。
この機能があることによって、ある程度の時間と労力をかけても、信託を設定して財産管理を行うに足りると考えられる場合は多いと言えるでしょう。