1 はじめに
信託事務の執行において負った債務の債務者は受託者です。
受託者は、信託事務の執行において負った債務を信託財産によって履行することができますし、自己の固有財産によって履行した場合は、信託財産に求償することも可能です。
しかし、信託財産によって履行することができない場合には、原則として受託者はその固有財産をもって、最終的な責任を負うことになります。
受託者の負う責任が過重なものとなることによって、民亊信託における受託者となるべき者にその受任を躊躇させる等の弊害が生じる場合があります。
そこで、信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負い、原則として固有財産によってはその責任を負わないとする限定責任信託が認められています。
ここでは限定責任信託を設定しない場合に受託者が負う債務について確認した後、限定責任信託について見てゆくことにします。
2 信託財産責任負担債務
限定責任信託を設定しない場合、原則として受益債権を除く信託財産責任負担債務について、固有財産によって履行する責任を負います。
(1) 信託財産責任負担債務とは
信託財産責任負担債務とは、受託者が信託財産に属する財産をもって履行する責任を負う債務をいいます。
次に掲げる権利に係る債務は信託財産責任負担債務です。
- 受益債権
- 信託財産に属する財産について信託前の原因によって生じた権利
- 信託前に生じた委託者に対する債権であって、当該債権に係る債務を信託財産責任負担債務とする旨の信託行為の定めがあるもの
- 受益権取得請求権
- 信託財産のためにした行為であって受託者の権限に属するものによって生じた権利
- 信託財産のためにした行為であって受託者の権限に属しないもののうち、次に掲げるものによって生じた権利
- 第二十七条第一項又は第二項(これらの規定を第七十五条第四項において準用する場合を含む。ロにおいて同じ。)の規定により取り消すことができない行為(当該行為の相手方が、当該行為の当時、当該行為が信託財産のためにされたものであることを知らなかったもの(信託財産に属する財産について権利を設定し又は移転する行為を除く。)を除く。)
- 第二十七条第一項又は第二項の規定により取り消すことができる行為であって取り消されていないもの
- 第三十一条第六項に規定する処分その他の行為又は同条第七項に規定する行為のうち、これらの規定により取り消すことができない行為又はこれらの規定により取り消すことができる行為であって取り消されていないものによって生じた権利
- 受託者が信託事務を処理するについてした不法行為によって生じた権利
- 第五号から前号までに掲げるもののほか、信託事務の処理について生じた権利
1 受益債権とは、信託行為に基づいて受託者が受益者に対し負う債務であって信託財産に属する財産の引渡しその他の信託財産に係る給付をすべきものに係る債権をいいます。
2「信託財産に属する財産について信託前の原因によって生じた権利」についての債務とは、例えば信託前に第三者に対する対抗要件を具備した賃借権についての債務があります。
3「信託前に生じた委託者に対する債権であって、当該債権に係る債務を信託財産責任負担債務とする旨の信託行為の定めがあるもの」についての債務には、例えば信託前に委託者が負った債務であって、信託財産責任負担債務とする旨の定めが信託行為にあり、受託者と委託者の間で免責的債務引受けをおこなった債務があります。
4 「受益権取得請求権」についての債務とは、重要な信託の変更がされる場合に、これにより損害を受けるおそれのある受益者が、受託者に対し、自己の有する受益権を公正な価格で取得することを請求する権利によって受託者が負った債務をいいます。
6 イ「第二十七条第一項又は第二項等の規定により取り消すことができない行為」等による債務とは、受託者の権限外行為について取り消すことができなかった行為についての債務等をいいます。
受託者に土地を購入する権限がないにもかかわらず、善意・無重過失の第三者から購入した場合に負う購入代金がその例です。
6 ロ「第二十七条第一項又は第二項の規定により取り消すことができる行為であって取り消されていないもの」についての債務とは、受託者の権限外行為について取消すことができる行為であるにもかかわらず、未だ取消されていない行為についての債務をいいます。
7「第三十一条第六項に規定する処分その他の行為又は同条第七項に規定する行為のうち、これらの規定により取り消すことができない行為又はこれらの規定により取り消すことができる行為であって取り消されていないものによって生じた権利」についての債務とは、利益相反行為のうち、当該財産の処分等を行ったことにより取消すことができない行為についての債務又は取消すことができるが、未だ取消していない行為についての債務をいいます。
8「受託者が信託事務を処理するについてした不法行為によって生じた権利」についての債務とは、受託者が信託事務の執行について不法行為を行ったことによって受託者が負った債務をいいます。
9「第五号から前号までに掲げるもののほか、信託事務の処理について生じた権利」についての債務とは、5~8 に挙げた内容以外で信託事務の処理について生じた債務一般をいいます。
(2) 信託財産責任負担債務と受託者の責任
信託財産責任負担債務のうち次に掲げる権利に係る債務について、受託者は、信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負います。
- 受益債権
- 信託行為に限定責任信託の定めがあり、かつ、限定責任信託についての登記がされた場合における信託債権
- 1、2の他、信託法の規定により信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負うものとされる場合における信託債権
- 信託債権を有する者(以下「信託債権者」という。)との間で信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う旨の合意がある場合における信託債権
- 受益債権とは、信託行為に基づいて受託者が受益者に対し負う債務であって信託財産に属する財産の引渡しその他の信託財産に係る給付をすべきものに係る債権をいいます。
- 信託債権とは、信託財産責任負担債務に係る債権であって、受益債権でないものをいいます。
受託者は、信託財産責任負担債務のうちの上記の債務を除き、最終的には自己の固有財産においてその責任を負います。
よって、限定責任信託の設定をしない場合、受益債権等の一定の場合を除き、受託者は、原則として信託財産責任負担債務について、固有財産によって履行する責任を負うことになります。
信託において信託財産と固有財産は別個の財産として取り扱われる(信託財産の独立性)ことから、原則として信託財産は受託者個人の債務についての責任を負いません(倒産隔離機能)。
この機能によって、固有財産によって履行すべき責任について、受託者が固有財産によって履行することができない場合であっても、原則として信託財産によって履行する責任を負いません。
一方、信託財産によって履行すべき責任について、信託財産によって履行することができない場合には、倒産隔離機能は働きません。
信託財産責任負担債務の債務者は受託者ですから、信託財産によって履行する責任を負う債務であっても、原則として固有財産によって履行する責任を負うことになります。
信託財産によって履行すべき責任について、信託財産によって履行することができない場合に、受託者が固有財産によって履行する責任を負ったとしても、信託の目的や受益者の利益を害することはないからです。
しかし、このような重い責任は、受託者に酷である場合があります。
そのため、必要によって受託者の責任を限定する限定責任信託が認められています。
3 限定責任信託
限定責任信託とは、受託者が当該信託のすべての信託財産責任負担債務について信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う信託をいいます(信託法2条12項)。
(1) 限定責任信託と受託者の責任
信託法217条1項は、「限定責任信託においては、信託財産責任負担債務(第二十一条第一項第八号に掲げる権利に係る債務を除く。)に係る債権に基づいて固有財産に属する財産に対し強制執行、仮差押え、仮処分若しくは担保権の実行若しくは競売又は国税滞納処分をすることはできない。」と定めています。
- 「第二十一条第一項第八号に掲げる権利に係る債務」とは、「受託者が信託事務を処理するについてした不法行為によって生じた権利」に係る債務をいいます。
よって、限定責任信託を設定した場合、「不法行為によって生じた権利(信託法21条1項8号)」に係る債務を除き、信託財産責任負担債務ついて、固有財産によって履行する責任を負いません。
限定責任信託を設定していない場合の受託者は、原則として信託財産及び固有財産によって履行する責任を負いました。
これは、限定責任信託を設定していない場合、信託財産責任負担債務の債権者が強制執行等の引き当ての対象とすることができる財産が、原則として信託財産及び固有財産であるということを意味します。
限定責任信託が設定されることにより、受託者の責任は原則として信託財産に限定されます。
これは、信託財産責任負担債務の債権者が強制執行等の引き当てとできる財産が、原則として信託財産のみとなることを意味します。
信託財産責任負担債務の債権者は、限定責任信託が設定されない場合と比べて、その債務が履行されないリスクを多く負担することになります。
このようなリスクを負う債権者を守るため、限定責任信託においては、後述するように、債権者を保護するための一定の行為や制限が求められています。
そして、債権者を保護するための行為に反する一定の場合には、固有財産によっても責任を負うことになります。
(2) 限定責任信託の設定
限定責任信託は、信託行為において「そのすべての信託財産責任負担債務について受託者が信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う旨の定め」をし、信託法第二百三十二条の定めるところにより登記をすることによって、限定責任信託としての効力を生じます。
限定責任信託は、登記が効力要件です。
定められた登記をしなければ、限定責任信託として有効とはなりません。
限定責任信託は、登記が対抗要件です。
限定責任信託で登記すべき事項は、登記の後でなければ、これをもって善意の第三者に対抗することができません。
- 登記の後であっても、第三者が正当な事由によってその登記があることを知らなかったときは、同様とされます。
信託行為において第二百十六条第一項の定めがされたときは、限定責任信託の定めの登記は、二週間以内に、一定の事項を登記してしなければなりません。
- 「第二百十六条第一項の定め」とは、信託行為においてする「そのすべての信託財産責任負担債務について受託者が信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う旨の定め」をいいます。
ア 信託行為において定めるべき事項
限定責任信託であるためには、特に「信託行為においてそのすべての信託財産責任負担債務について受託者が信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う旨の定め」及び下記の事項を定める必要があります。
- 限定責任信託の目的
- 限定責任信託の名称
- 委託者及び受託者の氏名又は名称及び住所
- 限定責任信託の主たる信託事務の処理を行うべき場所(「事務処理地」)
- 信託財産に属する財産の管理又は処分の方法
- その他法務省令で定める事項
限定責任信託には名称を定める必要があります。
その名称中に限定責任信託という文字を用いなければなりません。
イ 限定責任信託の登記
信託行為において第二百十六条第一項の定めがされたときは、限定責任信託の定めの登記は、二週間以内に、次に掲げる事項を登記してしなければなりません。
- 「第二百十六条第一項の定め」とは、信託行為における「そのすべての信託財産責任負担債務について受託者が信託財産に属する財産のみをもってその履行の責任を負う旨の定め」をいいます。
- 限定責任信託の目的
- 限定責任信託の名称
- 受託者の氏名又は名称及び住所
- 限定責任信託の事務処理地
- 第六十四条第一項(第七十四条第六項において準用する場合を含む。)の規定により信託財産管理者又は信託財産法人管理人が選任されたときは、その氏名又は名称及び住所
- 第百六十三条第九号の規定による信託の終了についての信託行為の定めがあるときは、その定め
- 会計監査人設置信託(第二百四十八条第三項に規定する会計監査人設置信託をいう。第二百四十条第三号において同じ。)であるときは、その旨及び会計監査人の氏名又は名称
限定責任信託で登記すべき事項は、登記の後でなければ、これをもって善意の第三者に対抗することができません。
登記の後であっても、第三者が正当な事由によってその登記があることを知らなかったときは、同様とされます。
「第六十四条第一項」は、信託財産管理命令をする場合には、その信託財産管理命令において、信託財産管理者を選任しなければならないという規定です。
信託管理命令とは、受託者の任務が終了した場合において、新受託者が選任されておらず、かつ、必要があると認めるとき、新受託者が選任されるまでの間、裁判所がする信託管理者による管理を命ずる処分をいいます。
「第百六十三条第九号」は、信託行為において、「信託行為において定めた事由が生じたとき」信託が終了する旨を定めたときのその事由です。
「会計監査人設置信託」とは、受益証券発行信託である限定責任信託(「受益証券発行限定責任信託」)において、信託行為の定めにより、会計監査人を置く場合をいいます。
(3) 受託者の義務と債権者保護
限定責任信託によって、受託者の責任の範囲は限定されます。
その一方で、信託財産責任負担債務の債権者にとっては、引き当てとすることができる財産の範囲が狭まることになります。
このような債権者を保護するために、限定責任信託における受託者は一定の行為をする義務を負います。
ア 取引の相手方に対する明示義務
受託者は、限定責任信託の受託者として取引をするに当たっては、その旨を取引の相手方に示さなければ、これを当該取引の相手方に対し主張することができません。
「相手方に対し主張することができ」ないということは、受託者の固有財産に対して差押え等がなされても、異議を述べることができないということです。
限定責任信託であることを知ることができなかった相手方を保護するためです。
イ 会計帳簿等の作成と閲覧等
限定責任信託における帳簿等の作成と閲覧等については、次のように通常の信託よりも厳格な定めが置かれています。
- 限定責任信託における帳簿その他の書類又は電磁的記録の作成、内容の報告及び保存並びに閲覧及び謄写については、第三十七条及び第三十八条の規定にかかわらず、次項から第九項までに定めるところによる。
- 第三十七条及び第三十八条の規定とは、通常の信託における帳簿等の作成等、報告及び保存の義務及び帳簿等の閲覧等に関する規定です。
- 受託者は、法務省令で定めるところにより、限定責任信託の会計帳簿を作成しなければならない。
- 受託者は、限定責任信託の効力が生じた後速やかに、法務省令で定めるところにより、その効力が生じた日における限定責任信託の貸借対照表を作成しなければならない。
- 受託者は、毎年、法務省令で定める一定の時期において、法務省令で定めるところにより、限定責任信託の貸借対照表及び損益計算書並びにこれらの附属明細書その他の法務省令で定める書類又は電磁的記録を作成しなければならない。
- 受託者は、前項の書類又は電磁的記録を作成したときは、その内容について受益者(信託管理人が現に存する場合にあっては、信託管理人)に報告しなければならない。
- ただし、信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによります。
- 受託者は、第二項の会計帳簿を作成した場合には、その作成の日から十年間(当該期間内に信託の清算の結了があったときは、その日までの間。次項において同じ。)、当該会計帳簿(書面に代えて電磁的記録を法務省令で定める方法により作成した場合にあっては当該電磁的記録、電磁的記録に代えて書面を作成した場合にあっては当該書面)を保存しなければならない。
- ただし、受益者(二人以上の受益者が現に存する場合にあってはそのすべての受益者、信託管理人が現に存する場合にあっては信託管理人。第八項において同じ。)に対し、当該書類若しくはその写しを交付し、又は当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により提供したときは、この限りではありません。
- 受託者は、信託財産に属する財産の処分に係る契約書その他の信託事務の処理に関する書類又は電磁的記録を作成し、又は取得した場合には、その作成又は取得の日から十年間、当該書類又は電磁的記録(書類に代えて電磁的記録を法務省令で定める方法により作成した場合にあっては当該電磁的記録、電磁的記録に代えて書面を作成した場合にあっては当該書面)を保存しなければならない。
- この場合においては、前項ただし書の規定が準用されます。
- 受託者は、第三項の貸借対照表及び第四項の書類又は電磁的記録(「貸借対照表等」)を作成した場合には、信託の清算の結了の日までの間、当該貸借対照表等(書類に代えて電磁的記録を法務省令で定める方法により作成した場合にあっては当該電磁的記録、電磁的記録に代えて書面を作成した場合にあっては当該書面)を保存しなければならない。
- ただし、その作成の日から十年間を経過した後において、受益者に対し、当該書類若しくはその写しを交付し、又は当該電磁的記録に記録された事項を法務省令で定める方法により提供したときは、この限りではありあません。
- ただし書の「受益者」とは、第五項の「受益者」です。
- 限定責任信託における第三十八条の規定の適用については、同条第一項各号中「前条第一項又は第五項」とあるのは「第二百二十二条第二項又は第七項」と、同条第四項第一号及び第六項各号中「前条第二項」とあるのは「第二百二十二条第三項又は第四項」とする。
限定責任信託における帳簿等の作成及び閲覧等において、通常の信託と比べて特徴的と言えるのは次のような内容です。
- 受託者は限定責任信託の効力が生じた後、速やかに、限定責任信託の効力が生じた日における限定責任信託の貸借対照表を作成しなくてはなりません。
- 限定責任信託にける受託者が作成義務を負う会計帳簿は、仕訳帳、総勘定元帳等からなる会計帳簿です(信託計算規則6条~11条参照)。
- 限定責任信託にける受託者が作成義務を負う「財産状況開示資料」は、「信託概況報告」及び「これらの附属明細書(信託計算規則12条2項)となっており、通常の信託より詳細な資料の作成が求められています。
- 「信託概況報告」の作成時期については、「信託事務年度の経過後、3月以内」と明確に定められています(信託計算規則12条3項)。
ウ 受益者に対する給付の制限等
(ア)受益者に対する給付の制限
限定責任信託においては、受益者に対する信託財産に係る給付は、その給付可能額を超えてすることはできません。
- 給付可能額とは、受益者に対し給付をすることができる額として純資産額の範囲内において法務省令で定める方法により算定される額をいいます。
(イ)受益者に対する給付の制限の違反についての責任
受託者が受益者に対する信託財産に係る給付の制限の規定(信託法225条)に違反して受益者に対する信託財産に係る給付をした場合には、次の各号に掲げる者は、連帯して(第二号に掲げる受益者にあっては、現に受けた個別の給付額の限度で連帯して)、当該各号に定める義務を負います。
- ただし、受託者がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合は、この限りではありません。
- この義務は、免除することができません。
- ただし、当該給付をした日における給付可能額を限度として当該義務を免除することについて総受益者の同意がある場合は、この限りではありません。
- 受託者 当該給付の帳簿価額(「給付額」)に相当する金銭の信託財産に対するてん補の義務
- 当該給付を受けた受益者 現に受けた個別の給付額に相当する金銭の受託者に対する支払の義務
- 受託者が第一号に定める義務の全部又は一部を履行した場合には、第二号に掲げる受益者は、当該履行された金額に同号の給付額の第一号の給付額に対する割合を乗じて得た金額の限度で第二号に定める義務を免れ、受益者が同号に定める義務の全部又は一部を履行した場合には、受託者は、当該履行された金額の限度で第一号に定める義務を免れます。
- 第一号の義務を負う他の受託者があるときは、これらの者は、連帯債務者となります。
- 第二号の規定により受益者から受託者に対し支払われた金銭は、信託財産に帰属します。
受託者が受益者に対する信託財産に係る給付をした場合において、当該給付をした日後最初に到来する第二百二十二条第四項の時期に欠損額(貸借対照表上の負債の額が資産の額を上回る場合において、当該負債の額から当該資産の額を控除して得た額をいう。)が生じたときは、次の各号に掲げる者は、連帯して(第二号に掲げる受益者にあっては、現に受けた個別の給付額の限度で連帯して)、当該各号に定める義務を負います。
- ただし、受託者がその職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合は、この限りではありません。
- 「第二百二十二条第四項の時期」とは、限定責任信託の貸借対照表等を作成すべき、毎年、法務省令で定める一定の時期をいいます。
- この義務は、総受益者の同意がなければ、免除することができません。
- 受託者 その欠損額(当該欠損額が給付額を超える場合にあっては、当該給付額)に相当する金銭の信託財産に対するてん補の義務
- 当該給付を受けた受益者 欠損額(当該欠損額が現に受けた個別の給付額を超える場合にあっては、当該給付額)に相当する金銭の受託者に対する支払の義務
- 受託者が第一号に定める義務の全部又は一部を履行した場合には、第二号に掲げる受益者は、当該履行された金額に同号の給付額の第一号の給付額に対する割合を乗じて得た金額の限度で第二号に定める義務を免れ、受益者が同号に定める義務の全部又は一部を履行した場合には、受託者は、当該履行された金額の限度で第一号に定める義務を免れます。
- 第二号の規定により受益者から受託者に対し支払われた金銭は、信託財産に帰属すします。
受託者が受益者に対する信託財産に係る給付の制限の規定に違反して受益者に対して給付した場合の受益者については、当該給付を受けた受益者は、給付額が当該給付をした日における給付可能額を超えることにつき善意であるときは、当該給付額について、受託者からの求償の請求に応ずる義務を負いません。
一方、受託者が受益者に対する信託財産に係る給付の制限の規定(信託法225条)に違反して受益者に対する信託財産に係る給付をした場合において、当該給付を受けた信託債権者は、当該給付を受けた受益者に対し、給付額(当該給付額が当該信託債権者の債権額を超える場合にあっては、当該債権額)に相当する金銭を支払わせることができます。
エ 受託者の第三者に対する責任
限定責任信託において、受託者が信託事務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該受託者は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負います。
限定責任信託の受託者が、次に掲げる行為をしたときも、上記と同様です。
- ただし、受託者が当該行為をすることについて注意を怠らなかったことを証明したときは、この限りではありません。
- 貸借対照表等に記載し、又は記録すべき重要な事項についての虚偽の記載又は記録
- 虚偽の登記
- 虚偽の公告
- 受託者が信託事務を行うについて悪意又は重大な過失があったとき及び上記において、受託者が信託事務を行うについて悪意又は重大な過失があったときにおいて、当該損害を賠償する責任を負う他の受託者があるときは、これらの者は、連帯債務者となります。
- 第二号の規定により受益者から受託者に対し支払われた金銭は、信託財産に帰属すします。
3 おわりに
限定責任信託を設定しない場合、最終的に受託者が負う責任の範囲はかなり広いものです。
信託による財産管理等の規模や内容によっては、限定責任信託を設定することで運用が可能になる場合もあろうかと思います。
一方、ここまで見てきたように、限定責任信託は通常の信託に比べて手数がかかります。
本頁を、個々の財産管理等の内容等に応じて、どのような信託を構築するかを検討する際の参考としていただければと思います。